【注意】このページは医療従事者用です
本文章について
これはVitalTalk(バイタルトーク) という米国発の医療コミュニケーショントレーニングの創始者の一人であるDr. Anthony Back(ワシントン大学)がその他VitalTalk の人々と協力して作成したコミュニケーション・アドバイスです。米国を含め世界で猛威を奮っている新型コロナウイルスに、必死の覚悟で対応している医療者を助けたいとの思いで作成されたこのアドバイスを、日本の皆さんにも届けるために日本語訳しました(文責については末尾参照)。原文はこちらを参照して下さい。
(以下の翻訳は2020年3月21日時点における原文を翻訳したものです)
このコミュニケーション・アドバイスを使うにあたって
これは新型コロナウイルス(COVID19)に関する医療コミュニケーションについてのアドバイスをまとめたものです。忙しいあなたに合わせて、最小限の文量にとどめています。もしも興味があれば、さらなるアドバイスやビデオを以下のリンクから得ることが出来ます: fundamental communication skills, family conferences, and goals of care at vitaltalk.org.
パンデミックが進行し患者数が増えるに従って、あなたの住む地域の医療体制(クリニック、病院、施設)が通常モード(conventional mode)、順応モード(contingency mode)(ケアは通常のレベルを保てるが医療資源が限界に近づいている状態)、有事モード(crisis mode)(医療の需要が医療資源の限界を遥かに超えている状態)へと変化していくでしょう。ここではアドバイスのほとんどが通常モードと順応モードを想定して作成されています。もしもあなたの地域の医療が有事モードにまで進むと、状況は劇的に変化するでしょう。トリアージの判断は過酷なものになり、選択肢に制限が出てきます。そのため状況に合わせて、この文章を有事モードに合ったものに必要であれば変えていこうと思っています。現時点では有事モードに対するアドバイスは【有事】の印で区別していますから、これらのアドバイスは有事モードでのみで使うようにしてください。そして、これだけは覚えておいてください。どのような困難な状況にあっても、思いやりや尊重は全ての人に提供することができるのだということを。
以下のコミュニケーションのアドバイスには、医療資源の分配について患者、家族、介護者に説明するためのものが含まれいます。しかし、ここで明確にしておきたいことは、医療資源がどのように分配されるかの判断(どのような判断基準が用いられ、どこで線引を行うのかについて)は、個人のレベルで起きるべきではないということです。その判断は地域、県、そして国のレベルで起きるべきであって、ベッドサイドで起きるべきでは決してないのです。また、以下のアドバイスにおいては、分配の判断に伴う煩雑な議論については触れないようにしていますし、倫理学者が使うような専門用語を避け、平易な言葉を使うことを心がけました。
■スクリーニング 感染を心配している人に対して
相手の言葉 | あなたの言葉 |
なぜ、全員に検査をしないのですか? | 残念ながら検査キットが十分にないからなんです。私達ももっと検査をしたいという思いはあるのですが。 |
どうして検査結果が出るのに、そんなに時間がかかるのですか? | 結果が出るまでの間不安になる気持ちはよくわかります。ただ、検査室も出来る限りのことをしていることはご理解いただけると嬉しいです。 |
どうして例の野球選手たちは検査を受けることができたのに、私達には検査をしてくれないんです。 | 不公平だと感じるお気持ちはわかります。詳細については私も知りませんが、一つ言えることは、その時と今ではまた状況が全く異なってきているということです。状況は急速に変わっているため、一週間前にやれたことと、今やれることが違ってしまっているのです。 |
■選択 入院を避けたいと思っている人に対して
相手の言葉 | あなたの言葉 |
私はこの新しいウイルスのことがとても心配です。どうしたらよいのでしょうか。 | ご心配されるのは当然のことだと思います。あなたに出来ることをお話ししますね。まず他人と接触する機会を出来るだけ減らすようにしてください。これを「社会的距離」といいます。また、もしも具合が非常に悪くなってしまった時に、あなたの代わりにあなたの希望を医療者に対して代弁してくれる人を選んでおきましょう。そのような人を代理人とよびます。そしてもしも、病院へ行って機械につながれたまま死んだりすることが嫌だと思われるのであれば、そのことを私たちや代理人に予め伝えておくことが大切です。 |
私はこのウイルスが出て来る前からすでに具合が悪かったのです。リスクは承知の上で、私は家に/介護施設に留まりたいと思っています。 | 大事なことをお話ししてくださってありがとうございます。もし、ウイルス感染が疑われたとしても、病院には出来るだけ行きたくない、と思われているのですね。私の理解で間違いないですか? |
私は機械につながれた植物状態で死んでいくことは避けたいと思っています。 | あなたのお考え確かに聞き入れました。そこで、こうするのはどうでしょうか。今までと同じように私たちがあなたのケアにあたります。そして、もちろん一番いいのは、あなたがこのウイルスにかからずにすむことです。ただ感染予防策をしているにもかかわらず、もしもウイルス感染してしまったとしても、あなたはここに留まることができますし、私達が苦痛を取り除くようにします。 |
私がこの人の代理人です。彼(彼女)はもともと健康状態が良くないことはわかっています。だからウイルス感染で亡くなってしまう可能性が高いことも。それでも病院へ連れていくとおっしゃるのですか? | この方のために思いを伝えてくださりありがとうございます。もしも、彼(彼女)の状態が悪化したら、病院に連れいくのではなく、今お住まいの場所で緩和ケアを受けられるようにしますね。そのようなことにならないことを願っていますが、最悪の事態に備えておくことが大事ですものね。 |
■トリアージ 来院するべきか決める時

■入院 あなたの患者が入院や、集中治療室への入室が必要な場合

■カウンセリング 励ましが必要な時、感情が高ぶっている時
相手の言葉 | あなたの言葉 |
怖いです。 | これは大変な状況ですから、怖いと感じて当然だと思います。もう少しそのお気持ちについて、詳しく話していただけますか? |
少しでもいいので希望がほしいのです。 | どんなことを望んでおられるか教えていただけますか?もっとあなたのことを理解したいのです。 |
あなたたちは何も出来ないのではないですか! | 不満に思うのもわかります。私の力の及ぶ範囲で、状況を改善するためにお手伝いしたいと考えています。どのようにお手伝いで出来るでしょうか? |
あなたの上司と話がしたいのですが。 | 何か不満がお有りなんですね。私の上司に出来るだけ早く来ていただけるように頼みます。ただ、彼(彼女)は今、たくさんの仕事をやりくりしていることをどうかご理解ください。 |
私は周りの人にお別れを言っておいたほうがいいのでしょうか。 | その必要はないと私達も言いたいのですが、その一方で、あなたに残された時間が本当に短いかもしれないと心配もしています。あなたが一番心配していることは何か教えていただけますか? |
■決定する
状況が思わしくない時に、治療のゴール・心肺蘇生に関して話し合う

■医療資源の割り振り
医療資源の限界によって、選択や制限を余儀なくされる時
相手の言葉 | あなたの言葉と理由付け |
どうして90歳の祖母がICUで治療を受けられないのですか? | 大変申し上げにくいのですが、現在はいわゆる非常事態でして、我々は限られた医療資源を、状態の悪い患者さんに公平なやり方で割り当てなければならないのです。あなたのご家族は残念ながらICU入室の基準を満たさないのです。このように言われても納得できかねるとは思うのですが。。。【有事】 |
ICUで治療を受けるべきじゃないんですか? | 大変申し上げにくいのですが、あなたの状況は現在のところICU入室の基準を満たしません。我々は限られた医療資源を、状態の悪い患者さんに公平に分配するようにルールを設けているのです。仮に一年前であれば、あるいは違った判断になったかもしれません。現在は非常事態なのです。本当はもっとベッドや人材があればいいのにと思う気持ちは私達も一緒なんです。【有事】 |
祖母はICUでの治療が必要なんです。そうじゃなかったら死んでしまうじゃないですか! | この状況が異常であるということはよくわかります。私自身、あなたのご家族のことを心配しています。ただ、このウイルスは非常に病原性が高いので、仮に今ICUで治療を行うことが出来たとしても、そこでの治療が奏功する可能性は低いのです。率直に申し上げて、お祖母様が亡くなられる覚悟をされる必要があります。我々も出来る範囲で最善を尽くしますが。【有事】 |
高齢だということで彼女のことを差別しているんじゃないですか? | そのようにお考えになるのはよくわかります。しかし、そうではありません。我々はこのような非常事態の際に、医療資源をどう使わなくてはいけないか、というルールに従って判断してるのです。このルールは、医療者や倫理学者、その他多くの人が関わり、色々な側面を考慮して何年もかけて作り上げられたものなのです。あなたがご家族のことを非常に大切に思われていることはよく伝わってきます。【有事】 |
人種が違うから差別しているんじゃないですか? | きっと今までも「日本人じゃない」という理由で、病院で嫌な思いをされたことがあったんじゃないでしょうか?不公平ですよね。。。ただ、現在は病院のベッドも医師や看護師の人手も足りないので、もちろん日本人じゃないあなたも含めて、患者さん全員に公平になるような一定のルールに従って、判断をしています。決して日本人かどうかで判断しているわけではないことをご理解ください。【有事】 |
(医療資源を)取っておこうとしてるように見受けられますが。。。 | 我々は、医療資源をできるだけ有効に使おうとしています。現在はとんでもない非常事態なので、患者さん一人ひとり全てに最高のことができる状況ではないということをご理解ください。【有事】 |
何様のつもりですか?神様にでもなったつもりなんです? | 不快に思われたのであれば、その点は謝罪します。この地域では、現在すべての病院が限られたベッドや人手を、患者さん全員にとって公平になるように分配しようとしています。もちろんもっとベッドがあればいいのですが、我々もこの状況下でできるだけのことをしているので、その点をご理解ください。【有事】 |
どこかから、呼吸器を15台くらいもってこれるんじゃないんですか? | 今現在、病院は目一杯の状態で稼働しています。これ以上のことをするのは不可能です。もちろん、こんなことを聞いても、がっかりされるだけだと思いますが。。。【有事】 |
人工呼吸器によって生きながらえている人から、呼吸器を取り上げるなんて、どいうつもりなんです? | 申し上げにくいのですが、こちらで最善を尽くしていますが、ご家族の病状は悪くなっています。現在の非常事態では、我々はあるルールに則って治療の判断をしています。ご家族のように病状が悪化している場合、現在のレベルの治療を継続することができません。我々は、ご家族はもう助からないということを受け止めて、呼吸器を取り外さなくてはいけません。他に方法がないことをご理解ください。【有事】 |
■告げる 電話越しに知らせを告げる時
相手の言葉 | あなたの言葉 |
はい、私が娘です。病院から5時間くらい離れたところにいます。 | とても深刻なお話をしなければなりません。話のできる静かな場所に移動できますか? |
どうしたんですか?何か悪いことがおきたんですか? | あなたのお父様のことで電話をさせて頂いています。お父様がついさっきお亡くなりなりました。新型コロナウイルスによって亡くなりました。 |
(泣きだす) | 心からお悔やみ申し上げます。(沈黙) [もし何か言わなければならないと思った場合]つらいですよね。。。 |
こうなるとは予想していましたが、こんなに早く亡くなるとは思っていませんでした。。。 | 私には想像できないくらいにショックなことだと思います。私も悲しく思っています。(沈黙)(相手が話し出すのを待つ) |
■予期する 何か起こるのではないかと不安に思う時
あなたの恐れ | あなたに出来ること |
患者の息子が激昂するような気がする。 | 病室に入る前に、少し落ち着いて考えてみましょう。その彼の怒りの感情はどこから来るのだろうかと。愛情からか、責任感からか、それとも恐怖からだろうか。 |
この愛らしいおばあちゃんに、集中治療室に送ることが出来ないからあなたは死にます、ということを言わなければならない。。。どのようにして言ったら良いのだろうか。 | あなたに出来ることを思い出してみましょう。あなたには、患者さんが心配に思っていることを聞くことができます。今何が起こっているかを説明することができます。彼女の心の準備ができるように手助けすることができます。そしてそばに寄り添ってあげることができます。これらは全てあなただからこそ出来ることなのです。 |
感染している患者さんをずっと診ているから、私にとって大切な人にも、ウイルスをうつしてしまうかもしれない。 | あなたが心配していることを、大切な人に話してみてください。そうすることで、どうするのが良いか一緒に決めることができます。簡単な答えはないでしょう。ただ心配事を誰かと共有することで、少し気持ちが楽になるものです。 |
私は燃え尽きてしまうんじゃないだろうか。思いやりがなくなってしまうのではないか。 | 毎日少しでも誰かと繋がること、何かを共有すること、また何か楽しみを見つけてみて下さい。どんな異常事態のさなかでも、小さな安らぎを見つけることは可能なはずです。 |
あまりの状況に圧倒されてしまい、患者さんに対してベストをつくすことができなくなるのが怖い。 | どんなに時間が限られていても、自分自身の気持ちを見つめる機会を持ちましょう。様々な強い感情があるでしょう。自分の気持ちはどんな状態なのか、省察してみて下さい。どのような気持ちであれ、人間である以上、感情は起こるものなのです。否定するのではなく、受け入れてみましょう。そして、どうするべきかを考えてみるのです。 |
■悲しみに対処する あなたが誰かを亡くした時に

日本語訳文責について
これは植村健司先生がVitalTalk日本版グループの皆と協力して日本語訳したものです。日本と米国では医療体制や文化、それに感染の広がりが異なりますから、必ずしもそのまま当てはまらない部分もあるかもしれませんが、この未曽有の事態に対応するにあたり、少しでも皆さんのお役に立てれば光栄です。翻訳に対するご意見や、その他ご質問等はVitalTalk日本版グループvitaltalkinjp@gmail.comまでお願いします。
また原文は感染の拡大状況に合わせて、改変を繰り返していますので、この日本語訳も原文や日本の感染状況に合わせて変えていく予定です。
VitalTalk日本版グループ(仮)について
2019年に発足し、米国発の医療コミュニケーション・トレーニングVitalTalkを日本に広げるべく活動しています。現在まで諸学会でのワークショップを開催したり、日本語版バイタルトークを複数回国内で行ったりしてきました。今後も活動を続けて行く予定ですので、バイタルトークを受けてみたい方や活動協力を希望する方などvitaltalkinjp@gmail.comまでお気軽にご連絡下さい。
VitalTalk日本版グループ(仮)(五十音順、敬称略)
伊藤香 帝京大学救急医学講座
植村健司 ハワイ大学老年科
大内啓 ハーバード大学救急科
大西恵理子 オレゴン健康科学大学家庭医療科
中川俊一 コロンビア大学成人緩和医療科
湯浅美鈴 三重大学大学院医学研究科