翻訳日:2020/03/07
原文:COVID-19 and the cardiovascular system
Nat Rev Cardiol (2020). https://doi.org/10.1038/s41569-020-0360-5
重度の急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、ACE2受容体を介して宿主細胞に感染し、コロナウイルス疾患(COVID-19)関連の肺炎を引き起こしますが、急性心筋障害や心血管系の慢性的な障害も引き起こします。したがって、COVID-19の治療中は心血管保護に特に注意を払う必要があります。
2019年12月、湖北省武漢で発生した新種のコロナウイルス肺炎は急速に中国全土に広がり、さらなるパンデミックのリスクが継続しています1。ウイルスが同定・分離され、この肺炎の病原体は最初2019 novel coronavirus(2019-nCoV)2と呼ばれていましたが、その後WHOにより公式にsevere acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-CoV-2 訳注:日本語は新型コロナウイルス)2と命名され、2020年1月30日にWHOはSARS-CoV-2の発生を国際懸念の公衆衛生上の緊急事態と宣言しました。2003年にSARSの発生を引き起こしたSARS-CoVと比較して、SARS-CoV-2の伝染力はより強力です。新たに確認される症例が急増しており、COVID-19の予防と管理は非常に深刻な問題になっています。COVID-19による臨床症状の大部分は呼吸器症状ですが、一部の患者には深刻な心血管損傷を引き起こし3、心血管疾患(CVD)の持病がある患者においては死亡率が高くなる可能性もあります3。したがって、これらの患者の治療を迅速かつ効果的に行い、死亡率を減らすため、SARS-CoV-2による心血管系への障害とその機序を理解することは非常に重要となります。
SARS-CoV-2とACE2
アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)は、心血管系および免疫系で重要な役割を果たす膜結合型アミノペプチダーゼであり4、心機能と高血圧および糖尿病の発症に関与しています。さらに、ACE2は、SARS-CoVおよびSARS-CoV-2を含むコロナウイルスの機能的受容体として同定されています4。SARS-CoV-2感染は、ウイルスのスパイクタンパク質がACE2に結合することで引き起こされますが、このACE2は心臓と肺で高度に発現しています4。SARS-CoV-2は主に肺胞上皮細胞に侵入し、呼吸器症状を引き起こします。これらの症状は心血管疾患症例ではより重篤であり、心血管症例では健康な個人と比較してACE2分泌が増加していることに関連している可能性があります。レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系阻害剤はACE2を増加させる可能性がありますが、 ACE2はSARS-CoV-2の機能的受容体であるため、COVID-19患者においてはACE阻害薬またはアンジオテンシン受容体遮断薬による抗高血圧療法の安全性と潜在的な効果を慎重に検討する必要があります。ACE阻害薬またはアンギオテンシン受容体遮断薬を服用しているCOVID-19および高血圧の患者が別の降圧薬に切り替えるべきかどうかは議論の余地があり、さらなる証拠が必要です。
急性心筋障害
今までの報告から、中東呼吸器症候群コロナウイルス感染症(MERS-CoV)が急性心筋障害や心不全を引き起こすことが示唆されていました5。SARS-CoV-2とMERS-CoVは類似した病原であり、これらウイルスによって心筋障害が引き起こされると、治療の複雑さ、困難さは間違いなく増加します。SARS-CoV-2に伴う心筋障害は武漢での最初の41名の患者中5名に認められており、おもに高感度心筋トロポニンI(訳注:心筋が障害されると血液中に漏れる酵素)の増加(>28 pg/mL)として検出されています。この報告では、5人中の4人が集中治療室(ICU)に入院しており、COVID-19症例における心筋障害の深刻さを物語っています。ICUで治療された症例はそうでない症例に比べて血圧が有意に高かったと報告されています(平均血圧145 mmHg対122 mmHg、p < 0.001)3。武漢の138例のCOVID-19を調査した別の研究では、36人が重篤な症状を持ち、集中治療室で治療を受けました1。この研究でもICUで治療を受けた患者はそうでなかった患者に比べて心筋障害を表すバイオマーカーが有意に高く(心筋型クレアチンキナーゼ(CK-MB) 18 U/L対14 U/L、p <0.001; 高感度トロポニンI 11.0 μpg/mL対5.1 μpg/mL、p = 0.004)、自重篤な症状を持つ患者にはしばしば急性心筋障害が合併症していることを示唆しています1。さらに、中国国家健康委員会(NHC)によって報告されたSARS-CoV-2感染の確定症例のうち、一部の患者は最初に医師の診察を受けました理由が心血管症状でした。これらの患者は発熱や咳などの呼吸器症状ではなく、動悸および胸部絞扼感を主訴に受診しましたが、後にCOVID-19と診断されました。NHCによって報告されたCOVID-19で死亡した患者で、基礎となるCVDのない症例の11.8%は、入院中に心筋トロポニンの上昇または心停止といったかなりの心臓のダメージを有していました。このように、COVID-19の患者では、疾患進行中の全身性炎症反応および免疫系障害により、心血管症状の発生率が高くなります。
SARS-CoV-2感染による急性心筋障害のメカニズムは、ACE2に関連しているかもしれません。ACE2は肺だけでなく心血管系でも広く発現しているため、ACE2関連のシグナル伝達経路も心臓損傷に関与している可能性があります。その他の心筋障害の機序として1型および2型Tヘルパー細胞による不均衡な応答によって引き起こされるサイトカインストーム3、6、およびCOVID-19によって引き起こされる呼吸機能障害と低酸素血症が心筋細胞に損傷を与えることが考えられています。
慢性心血管障害
SARS-CoV(訳注:前回のSARS)感染から回復した25人の患者を対象とした12年間の追跡調査では、68%が高脂血症、44%が心血管系異常、60%が糖代謝障害であることがわかりました7。メタボロミクス解析(訳注:代謝および遺伝情報などの膨大なデータをを統合して解析する手法)により、SARS-CoV感染の既往がある患者では脂質代謝の調節不全があることが明らかになりました。これらの患者では、遊離脂肪酸、リゾホスファチジルコリン、リゾホスファチジルエタノールアミンおよびホスファチジルグリセロールの血清濃度は、SARS-CoV感染の既往歴のない人と比較して有意に増加していました7。しかし、SARS-CoV感染が脂質および糖代謝障害を引き起こす機序は未だ不明です。SARS-CoV-2の構造はSARS-CoVに類似しているため、この新規ウイルスも心血管系に慢性的な損傷を引き起こす可能性があり、COVID-19の治療中の心血管保護に注意を払う必要があります。
心血管障害の持病がある患者
以前のメタアナリシス(訳注:複数の研究をまとめて効果を推定する研究方法)により、MERS-CoV感染はもともと心血管疾患を持っている患者に発症しやすいことが示されています8。この報告によると重篤な症状のあるMERS-CoV感染患者では、50%が高血圧と糖尿病を患い、最大30%が心臓病を患っていました。同様に、新しいコロナウイルス感染症の肺炎診断および治療プログラム(試用版4 訳注:NHCによる治療プログラム)によると、併存疾患のある高齢者、特に高血圧、冠状動脈性心臓病または糖尿病の患者はSARS-CoV-2に感染する可能性が高いとされています。さらに、心血管障害のある患者は、SARS-CoV-2に感染すると重度の症状を発症する可能性が高くなり、そのような患者はCOVID-19による死亡の大きな割合を占めています。ある研究では、COVID-19の重篤な症状を有する患者のうち、58%が高血圧、25%が心臓病、44%が不整脈を持っていました1。NHCが発表した死亡率データによると、SARS-CoV-2感染患者の35%に高血圧の既往があり、17%に冠動脈疾患の既往がありました。さらに、SARS-CoV-2に感染した60歳より高齢の患者は、60歳以下の患者よりも多く全身症状と重症肺炎を呈していました9。したがって、SARS-CoV-2感染患者では、基礎となる心血管障害が肺炎を悪化させ、症状の重症化させる可能性があります。
SARS-CoV-2に感染している急性冠症候群(ACS)の患者は、しばしば予後不良です。ACSの患者では、心筋虚血や壊死のために心臓機能予備能が低下します。SARS-CoV-2に感染すると心機能障害がさらに発生しやすくなり、これらの患者において突然の状態の悪化につながります。武漢のCOVID-19患者の一部は以前のACSを有しており、重度な病状と高い死亡率に関連していました。心疾患をもち機能障害のある患者にとって、SARS-CoV-2感染は状態の悪化と死亡につながりかねない可能性があります。
COVID-19治療中の薬物関連の心臓損傷は懸念事項で、特に抗ウイルス薬の使用はしっかりと観察する必要があります。COVID-19患者138人を観察した研究では、89.9%の症例が抗ウイルス薬を投与されましたが1、多くの抗ウイルス薬は心不全、不整脈または他の心血管障害を引き起こす可能性があるため、COVID-19の治療、特に抗ウイルス薬を使用の際には、心毒性のリスクを厳密に監視する必要があります10。
結論
SARS-CoV-2は、ACE2を介して宿主細胞に感染してCOVID-19を引き起こすと考えられており、機序は定かではありませんが心筋への損傷も引き起こします。基礎となる心血管疾患があるSARS-CoV-2感染症の患者は予後不良です。したがって、COVID-19の治療中は心血管保護に特に注意を払う必要があります。
参考文献
1. Wang, D. et al. Clinical characteristics of 138 hospitalized patients with 2019 novel coronavirus-infected pneumonia in Wuhan, China. JAMA https://doi.org/10.1001/jama.2020.1585 (2020).
2. Zhou, P. et al. A pneumonia outbreak associated with a new coronavirus of probable bat origin. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-020-2012-7 (2020).
3. Huang, C. et al. Clinical features of patients infected with 2019 novel coronavirus in Wuhan, China. Lancet 395, 497–506 (2020).
4. Turner, A. J., Hiscox, J. A. & Hooper, N. M. ACE2: from vasopeptidase to SARS virus receptor. Trends Pharmacol. Sci. 25, 291–294 (2004).
5. Alhogbani, T. Acute myocarditis associated with novel Middle East respiratory syndrome coronavirus. Ann. Saudi Med. 36, 78–80 (2016).
6. Wong, C. K. et al. Plasma inflammatory cytokines and chemokines in severe acute respiratory syndrome. Clin. Exp. Immunol. 136, 95–103 (2004).
7. Wu, Q. et al. Altered lipid metabolism in recovered SARS patients twelve years after infection. Sci. Rep. 7, 9110 (2017).
8. Badawi, A. & Ryoo, S. G. Prevalence of comorbidities in the Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV): a systematic review and meta-analysis. Int. J. Infect. Dis. 49, 129–133 (2016).
9. Chan, J. F. et al. A familial cluster of pneumonia associated with the 2019 novel coronavirus indicating person-to-person transmission: a study of a family cluster. Lancet 395, 514–523 (2020).
10. Sakabe, M., Yoshioka, R. & Fujiki, A. Sick sinus syndrome induced by interferon and ribavirin therapy in a patient with chronic hepatitis C. J. Cardiol. Cases 8, 173–175 (2013).
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